名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)1825号 判決 1999年4月09日
原告
竹下正弘
被告
岸本文恵
主文
一 被告は、原告に対し、三八万二〇〇〇円及びこれに対する平成元年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一四一七万〇三六一円及びこれに対する平成元年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に被告に対し自賠法三条により損害賠償請求をする事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(一) 日時 平成元年四月二二日午後七時四五分ころ
(二) 場所 愛知県安城市安城町赤塚二番地先道路上
(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車
(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車
(五) 事故態様 原告が、本件事故現場で方向転換するために反対車線に入り、方向転換しきれずに反対車線上で停車中、同車線を進行してきた加害車両が衝突したもの。
2 責任原因
被告は、加害車両を自己のために運行の用に供する者である。
二 争点
1 時効
(一) 被告は、本訴提起が本件事故日である平成元年四月二二日あるいは原告の症状固定日である平成三年三月三〇日から三年以上経過していることから、原告の損害賠償請求権は時効により消滅していると主張して、消滅時効の抗弁を援用する。また、平成一〇年四月一五日に原告が被告に対して支払った一万円は損害賠償の内入弁済として支払ったものではないとして、時効利益の放棄を争う。
(二) これに対して、原告は、被告が原告に対して平成一〇年四月一五日に本件交通事故の損害賠償金の内訳として一万円を支払い、時効利益を放棄したもので、時効の援用は許されないと主張する。
2 過失相殺
被告は、本件事故は原告において加害車両が直進してくるのを認めながら先にUターンできるものと誤認し、加害車両の走行車線へ進入して加害車両の進行を妨害したものであるから、原告に重大な過失があるとして過失相殺を主張し、原告はこれを争う。
3 原告の損害
第三争点に対する判断
(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)
一 時効利益の放棄
甲第一四号証、第二七号証、原告、被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 被告は、本件事故の損害賠償の交渉を保険会社及び代理人弁護士に委任して、平成七年ころ原告と調停で話し合いをしていたが、合意にいたらず、調停も不成立となっていた。
2 原告は、平成一〇年四月一五日、突然に被告宅を訪問して、本件事故による怪我や通院状況、それまでの交渉経過について被告に話した後、「今日は金を出せるか。」、「一日潰れた。ガソリン代もかかった。」などと述べて、金員の交付を要求した。これに対して被告が貸付けの趣旨かと尋ねたところ原告がこれを否定したため、被告は「お見舞い」ということで一万円を交付する旨を申し出て、被告がこれを了承した。
3 そこで、被告は原告に一万円を交付すると共に、原告に、交通事故の損害賠償金の内金として右の一万円を交付する旨の書面(甲一四)を作成して交付した。
4 この書面の作成は原告が被告に依頼したものであるが、その際原告は、このような書面を書いてもらわないと保険会社から金が出ないから困ると説明した。
5 被告自身は、一万円をお見舞いの趣旨として交付したと述べるが、そのお見舞いとは、「怪我をさせましたし、事故後、見舞いにも行っていませんから悪いと思っていたのです。」と説明する。
以上の事実に照らすと、被告は、一万円の交付につき、本件事故により被告に怪我を負わせたことを原因として自己に何らかの出損の義務があることを認識した上で、その履行として交付する意思であったものと認めることができ、かつ、この交付に付き「損害賠償の内金として」との文面の書面を、その内容を認識した上で作成して原告に交付しているものと認められる。
そうすると、被告は、時効完成後に債務を承認したものと認められるから、同人が本件訴訟において消滅時効を援用することは、信義則に照らし認めることができない。
二 過失相殺
甲第二号証、第二六号証の三ないし八、第二七号証、乙第一号証、原告、被告各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 原告は、本件事故現場で転回(Uターン)をしようとしたものの曲がりきれず、いったん元の車線に後退で戻って更に向きを変えようとした。しかし、元の車線には通過車両があって戻ることができないため、反対車線上で、斜めに反対車線全体を塞ぐ形で停止していたところ、走行してきた被告に衝突された。原告が転回を開始したときには、反対車線を走行してくる車を確認することはできなかったが、停車中に加害車両が接近してきたものである。
2 被告は、本件事故現場付近を時速約六〇キロメートルで進行してきたところ、前方に停止している被害車両に気づかず、直前に近づいてから気づいて急ブレーキを踏んだものの回避することができずに衝突した。
以上の事実及び転回車は転回をするに当たって他の車両の正常な交通を妨害するおそれがあるときは転回をしてはならない義務(道路交通法二五条の二第一項)があることに照らすと、原告には転回開始後も直進車の進路を妨げないように速やかに回転を終了すべき義務があると認められるところ、これに反して一度に転回を完了することができず、反対車線全体を塞ぐ形で停車していたものであるからその過失は大である。これを被告の明らかな前方不注視の過失と比較すると、原告と被告の過失割合は原告が七〇パーセントに対して被告が三〇パーセントと認められる。
三 原告の損害
1 休業損害(請求額九五〇万一三〇〇円) 零円
原告は、本件事故後二三か月分の休業損害を請求し、本件事故後二、三日仕事はしたもののその後は全くしていないと述べる。そして、甲第五号証、第九号証及び乙第三号証によれば、原告が事故直後に受診した愛知県厚生農業協同組合連合会更生病院及び棚橋病院では、頸部挫傷、右臀部挫傷等により安静加療を要すると診断されたことが記載されていることが認められる。
しかし、乙第三号証によれば、本件事故から約二か月が経過した平成元年六月二一日に棚橋外科が作成した紹介状には「本人仕事が忙しいとのことで、かなりとび廻り、当院通院状況も三日に一度位で、症状悪化を訴え精検を希望しております。」との記載があり、これに照らすと、本件事故後二、三日経過後は一切仕事をしていないとの原告の言は信用することができず、他に事故後二三か月間の原告の休業を認めるに足る証拠がない。
2 後遺障害による逸失利益(請求額一〇八万一六六一円) 零円
原告は、平成三年三月三〇日に症状固定となったものの、頸部痛が持続して労働能力の五パーセントを五年間喪失したと主張し、主治医の後遺障害診断書(甲一一)を提出する。
しかし、甲第九号証及び乙第三号証によれば、棚橋病院では加療継続により症状が軽快し、若干の症状を残したものの平成元年一二月五日には通院を中止していること、棚橋病院からの紹介で同年六月二三日から通院した藤田保健衛生大学病院整形外科でも各種検査の結果他覚的な異常は認められず、同年一二月八日には頸部痛が減少したと原告自身が述べ、その後平成三年三月三〇日まで通院していないこと、同日に作成された後遺障害診断書(甲一一)も、自覚症状は頸部痛のみであり、精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果は正常であり、通院は平成元年一二月八日で終了し平成三年三月三〇日には書類のため来院との注意書きがあることが認められ、これらの治療経過に照らすと、原告の症状は遅くとも平成元年一二月中には治癒し、その後、労働能力を低下させるような後遺障害があったとは認めることができない。
なお、原告は平成四年一〇月くらいから膝や腰が痛くなったとも主張しているが、これが本件事故と因果関係を有すると認めるに足る証拠はない。
3 慰謝料(請求―通院二〇〇万円、後遺障害一〇〇万円) 通院慰謝料一二四万円
右に認定の通院状況に照らすと、原告の通院慰謝料として一二四万円を認め、後遺障害慰謝料はこれを認めないのが相当である。
4 ヘルストロン購入費(請求五九万七四〇〇円) 零円
原告が購入したと主張するヘルストロンにつき、本件事故による原告の受傷の治療として必要と認めるに足る証拠がない。
5 小計
一二四万円
6 過失相殺
前記二で認定の過失割合を考慮し、原告の損害からその七〇パーセントを控除すると、被告が賠償すべき損害は、三七万二〇〇〇円となる。
四 損害の填補 一万円
右の賠償額から前記一で認定の平成一〇年四月一五日に被告が原告に交付した一万円を控除すると、残額は三六万二〇〇〇円となる。
五 弁護士費用 二万円
右に認定の賠償額及び弁論の全趣旨により認められる本件の交渉の経緯に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用としては二万円が相当である。
六 結論
以上によれば、原告の請求は、三八万二〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日である平成元年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 堀内照美)